【雑感】元号と皇紀、そして行政書士。建国記念の日に「日本の時間」を記す意義を考える
こんにちは。八王子の行政書士、吉村です。
毎年2月11日は「建国記念の日」です。くしくもこの日は、古くは「紀元節」と呼ばれ、日本の建国を祝う特別な節目として大切にされてきました。そんな歴史の重みを感じる日に、私たちが日々何気なく目にしている「時間」の記し方について、少し深くお話しさせてください。
私たち行政書士の世界では、「令和」「平成」「昭和」といった和暦が今なお現役で活躍しています。効率化が叫ばれる現代において、なぜ行政はこれほどまでに独自の暦にこだわるのか。そこには、日本という国が歩んできた果てしない道のりが刻まれているのです。
1.独立国家のプライドとしての「元号」
日本の元号は、西暦645年の「大化」に始まり、今日まで1,300年以上一度も途切れることなく続いています。これは世界的に見ても驚異的な継続性です。かつての東アジアにおいて、独自の元号を持つことは「他国の支配を受けず、自らの手で時を支配する独立国家である」という宣言でもありました。
そして、今日という日にあわせて「皇紀(こうき)」という視点を持つと、その景色はさらに壮大になります。初代・神武天皇が即位された年を元年とする皇紀では、西暦2026年の今年は「紀元2686年」にあたります。二千六百年を超えるこの気の遠くなるような時間の積み重ねこそが、日本という国の背骨であり、私たちが今ここに在ることの証なのです。
2.なぜ行政書類は「不便」な和暦を使い続けるのか
実務においては、西暦への統一を望む声も少なくありません。「平成38年まで有効」と記載された免許証を令和に換算する手間は、確かに行政書士にとっても日常の小さなハードルです。しかし、利便性だけで割り切れないものが公文書には宿っています。
「元号法」という法律に基づき、国家の意思決定を記す。これは、許可や認可という行政行為が「日本の法体系と歴史」に基づいた正統なものであることを示す儀式のような側面もあります。デジタル化が進んでもなお、許可証の隅に記された「令和」の二文字に独特の威厳を感じるのは、そこに国民共通の歩みが凝縮されているからかもしれません。
3.「許認可」は会社という生命体の叙事詩
さて、一見すると実務とは遠い文化論のように聞こえるかもしれませんが、ここからが本題です。私たち行政書士が「時を記す」ことの意味についてです。
私がお客様の「履歴事項全部証明書(謄本)」をめくるとき、それは単なる事務作業ではありません。昭和の高度経済成長期に創業し、平成のバブル崩壊や激動を乗り越えて代替わりをし、そして令和の今、新たな事業へと打って出る……。元号が変わる節目は、往々にして会社の大きな「転換点」と重なります。
許可の更新や変更の届出を一つひとつ積み重ねていくことは、会社という一つの生命体が、時代の荒波をどう泳ぎ、看板を守り続けてきたかという「歴史の継続性」を編纂する作業に他なりません。書類に記される「令和◯年」という日付は、社長様が流した汗と、守り抜いてきた社員たちの生活がその時代に確かに存在したことを、国が公式に認めた記録なのです。
まとめ:歴史のバトンを次に繋ぐために
建国記念の日。皇紀2686年という長い歴史の先端に、私たちは立っています。会社もまた、一つの大きな歴史の一部です。西暦という便利な物差しだけでなく、元号という日本の伝統的な物差しで自社を眺めてみると、先代から受け継いだバトンの重みが、より鮮明に感じられるのではないでしょうか。
行政書士吉村法務事務所は、皆様がこれまで築き上げてきた和暦の歴史を大切に扱い、そして来るべき次の時代、さらなる未来へとその誇りを繋いでいけるよう、確かな手続きで全力サポートいたします。
「先代からの書類が整理できていない」「これからの数十年を見据えた準備をしたい」――そんな時は、歴史の重みを知る専門家としてフットワーク軽く駆けつけます。共に、貴社の次なる歴史を記していきましょう!